水辺農園だより
Vol.9 2020年12月


12月中旬に雪が降り、田んぼが真っ白な雪原になった。
春になり、雪が溶けるまで田んぼは雪の下だろう。
夏の酷暑の中、畔草刈りをしていたのが嘘のようだ。この風景の劇的な変化が雪国で農業をすることの醍醐味でもある。

2020年、今年の一番の出来事は、水辺農園を始めたことだった。
そして、今年から始めたばかりなのだけど、まだ一年にも満たないのだけど、なぜかもうずいぶん前から農業をしている気がしている。

なぜ農業を始めたのだろうか。
10代20代は旅をすることに夢中になっていた。どこへ行ってもよそ者であることに魅了されていた。それがいつしか、旅人であることにある種の虚しさを感じるようになっていった。
やがてその虚しさが無視できないぐらいに大きくなった時に、田んぼにであった。
田んぼには、その虚しさを癒す何かが、確実にあった。
やればやるほど魅了され、やがてこれを仕事にしようと思うようになった。

農業を始めて大きく変わったことに、風景の見え方がある。
田んぼを始めると、毎日自分の田んぼからの景色を見ることになる。
そして見るだけでなく、種をまき、苗を植え、草取りをし、水の管理をして、作物を育てていくことを通じて、風景も育てているという実感がある。

それは自分で思っていた以上に大きな変化だった。
旅人であった時は、風景は自分の外にあった。私はなるべく痕跡を残さずに、写真だけ撮って立ち去っていた。どれだけ多くの場所を旅しても、風景と私のあいだには明確な線が引かれていた。
その線が、農業を始めたことで揺らいでいる。

田んぼが湖畔にあるので、ときおりカメラを持った人がきて写真を撮っていく。
私の姿がその中に写し込まれているかもしれない。
その私は、農作業に没頭しているかもしれないし、ふと顔をあげて、風景にみとれているかもしれない。

よく私は作業の合間のふとした時に風景に見とれている。
風景に見とれて、心が溶けるような幸福を感じている。
トンビが風に乗って飛んでいたり、湖面が光を反射していたりする。
やがてまた作業に没頭するのだが、そういう瞬間が農業には無数に散りばめられている。

2020年は、コロナが流行した年でもあった。
そういう変化の中にあって、地方に住むこと、一次産業に携わることはきっとますます見直されていくだろう。私たちがしっかりと生活していくことを通じて、その魅力を伝えていけたらいい。

新しい光景を見たい。
そのことだけは、旅を始めた10代の頃からずっと想い続けている。
来年はどんな新しい光景を見ることができるのだろうか。
農園を始めて、本当によかったと思っている。


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