水辺農園だより
Vol.18 2026年2月


この文章は2月27日に書いているのだが、27年前の1999年2月27日、私は成田空港からマレーシアエアラインの飛行機に乗った。そしてクアラルンプールで乗り換えて、南アフリカのケープタウンへと飛んだ。そしてそこから3年半に渡る自転車の旅を始めた。

自分が生まれた日のことは何も覚えていないが、だから1999年2月27日は私にとって、もう一つの誕生日のようなものとしてはっきりと記憶されている。具体的には、空港のセキュリティチェックのゲートをくぐった瞬間のことをはっきりと覚えている。その時のことを、旅を終えた後に書いた紀行文ではこう書いている。


やがて時間になったので、霧に包まれているような感覚のまま皆と握手をして別れ、手荷物検査の列に並ぶ。私の番が来て、手荷物を検査機に通し、ゲートをくぐる。
霧が晴れたのは、ゲートをくぐり振り返ったときだった。このときの、夢から醒めたときのような、はっと我に返る感覚は今でもよく憶えている。ビルから飛び降りる途中で我に返ったらこんな感覚なのかもしれない。父と母が遠くで身を乗り出して手を振っているのが見えた。急に頭がはっきりしてきて、もう取り返しがつかないと思った。何か大きな間違いを冒しているのではないかとも思った。深い霧が一気に晴れてから立ち現れた光景は、本当に一人になった私の姿だった。私は遠くに見える両親に手を振り返した。手荷物を受け取ってからもう一度手を振り、そして出国審査の列に並んだ。まだ一つもスタンプを押されていないパスポートを持つ手が小刻みに震えていた。


このように手が震えるほど緊張することは、そう何度もあることではないだろう。
そうやって出発してケープタウンへ飛び、喜望峰から日本まで自転車で、3年半かけて帰ってきた。だから2月27日は、私にとって特別な日になっている。

ここに引用した文章を含む3年半の自転車旅の紀行文は、帰国後に書いた。
何度も全面的に書き直し、ようやく「もうこれでいい」と思えるものになるまでに七年間かかった。

書き終えてから、数人の友人に読んでもらう以外は、長い間この文章は公開されることなく放置されていた。気にはなっていたが、この文章をどうしたいのか、自分でもよく分からなかった。

放置されていた理由はもう一つあり、書き終えたのとほぼ同じタイミングで、次の旅が始まってしまったからでもある。紀行文を書き終えた後、私は水源域の光景を撮ることに夢中になった。日本各地の沢を遡り、水源域の光景を撮り、その写真を展示するということを繰り返した。そのことに夢中になり、紀行文のことはほとんど忘れてしまっていた。

紀行文は十年間ほど放置された後に、やはりどこかで気にはなっていたので、自分のホームページに全文を公開した。それでようやくこの文章は自分の手を離れたと思ってほっとしていたが、読んでくれた何人もの友人から、本という形にした方がいいと言われた。

旅を終えてからだいぶ年月が経っていたが、そう言われると徐々にやり残した宿題があるという気になってきて、この度、本という形で出版することにした。本は出版社からではなく、水辺農園の中に「水辺農園ブックス」という出版部門を作り、そこから出すことにした。

水辺農園を始めて6年目が終わり、7年目がそろそろ始まろうとしている。
農業に没頭する日々は、言わば根を伸ばそうとする日々だった。特に春から秋にかけては、農作業に没頭していて、言葉が出てこなくなる。抽象的な言葉は遠のき、具体的な作業に没頭する日々になる。それは幸福な日々だった。そしてそのような日々の中で徐々に、伸ばした根から栄養をもらい、イメージや言葉を形にしていく想いが育っていったのだと思う。

農業をしていなければ、このような想いは育てられなかっただろう。
農業をしていなければ、重い腰を上げて、紀行文を本にして出版しようとも思わなかっただろう。
言葉が、紙に印刷される。そして本となって誰かの元へ届けられる。
その言葉が、お米とはまた違う形で、心と体を養うものになったらこれほど嬉しいことはない。

水辺農園は、農作物を育て、風景を育てていきたい。
そして水辺農園ブックスは、農作物を育てるように、言葉やイメージを育て、本という形にしていきたい。
農園でとれる農作物のように、言葉やイメージもまた、根を伸ばし、葉を広げるものでありたい。
そして花を咲かせ、実りをもたらすものでありたい。

水辺農園を、なぜここでしているのか、なぜ私は田んぼの上に立っているのかを思うときに、はじまりはこの旅にあったことをはっきりと感じる。喜望峰から日本までの旅は、あの旅の間中ずっと私を満たしていた力は、その後も形を変えて続き、現在にまで続いていることを感じている。だから、あの旅を本にして出版することは、はじまりの日々を形にすることでもある。

この冬は、紀行文を出版するために動いていた。
編集をしている友人と、デザインをしている友人に助けてもらい、印刷会社と何度か打ち合わせをして、いまは本の仕様を決めようとしている段階まで来ている。スムーズにいけば夏の前には形になるのではないか。

出版するにあたり、久々に全文を読み直した。
そこには、一人の青年が思い悩みながら旅をする姿があり、今読み返すと稚拙な箇所が散見されるが、文章を書き終えた時の「もうこれでいい」と一度思い定めた当時の自分を尊重し、ほとんど手を加えないで出版することにした。

四半世紀以上も前の旅のことなので、社会状況は大きく変化しているが、人がある時、「どうしても」という強い想いに突き動かされて旅立つということは、時代が変わってもそれほど変わらないのではないか。この文章が、本という形になることで、同じように何かの途上にいる人の心に届いたら、これほど嬉しいことはない。




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